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風呂の湯気が立ち込める中、小さなラジオがポツポツと昭和の歌謡曲を流していた。この浴室のドアを開けた瞬間、俺の胸に広がるのは郷愁というやつだ。昭和時代の風呂は、今の便利なシステムバスとは違う。その代わり、何とも言えない温かみがあるのだ。タイルのひび割れ一つ一つに、時の流れが刻まれている。あの時代の風呂も、現代の文明も、それぞれの味があるもんだ。

風呂場に足を踏み入れると、木製の風呂桶とカランが目に入る。今じゃあ見かけなくなった木の風呂桶。ただの桶とは言え、その手触りは独特の温もりを持っている。肌に触れても冷たくならない。こんな風呂桶が昔は当たり前だったのかと思うと、どうにも不思議な感覚になる。でも、その妙な親近感が、俺を引きつけているんだ。

風呂の準備をする際、まずはガス給湯器に火をつける。ぴしぴしと微かに聞こえる点火音が何とも言えない。まるで昭和時代の風呂場にタイムスリップしたような気分になる。このガス給湯器だって、今じゃ見かけないものだが、それがまた昭和の風情を再現している。バスタブにお湯を溜める時間も、むしろ待っている間が楽しみの一つだ。

お湯が溜まるまでの待ち時間、ふとラジオを手にとって局を変えてみる。やはり流れているのは昭和の名曲。これもまた風呂場の雰囲気を一層引き立たせる要素だ。音楽が響く中、風呂場に腰掛けてじわじわと温まっていく風呂桶に手を触れてみる。この桶も、風呂場のタイルも、長い年月を経てきた証だ。

風呂場に香るのは、昔ながらの石鹸とシャンプーの香り。化学的な香料が主体の現代の製品とは違って、どこか控えめで、それでいて癒しを感じさせる。手に取ると滑らかな石鹸の感触が、まるでタイムマシンで過去に戻ったかのような錯覚を引き起こす。風呂場全体がこの独特な香りで包まれると、風呂の時間が劇的に豊かなものに変わるのだ。

いよいよ風呂に浸かる番だ。湯船に足を入れると、じわっと広がる温もりが全身を包む。今のシステムバスでは感じられない、この手作り感のある暖かさ。湯船の縁に頭を乗せ、目を閉じると、また昭和の風景が浮かんでくる。商店街の人々の賑わい、駄菓子屋の軒先、そして風呂場で過ごしたあの日の記憶。

ラジオから流れる音楽が、一曲一曲と次々に俺の耳に届く。時には哀愁漂うバラード、時には軽快なリズムのポップス。それぞれの曲が、風呂場の空間をより一層特別なものにしてくれる。温かい湯の中で体を慣らしながら、この穏やかな時間がずっと続けばいいと思う瞬間だ。

風呂の中での独り時間、誰にも邪魔されずに思いを巡らせることができるこの貴重なひととき。文明の進化によって便利になった現代の風呂も素晴らしいが、ここでは何か別の価値を見つけられる。風呂の湯に浸かりながら感じる心地よい重力に体を預けると、日常の喧噪から解放されるような気がする。

風呂から上がる時、風呂桶を軽くすすぎ、木のカランを閉じる。少し湿ったタオルで体を拭くと、全身が生まれ変わったようにスッキリする。この風呂場で過ごしたひとときが、俺にとって何とも言えない快感を与えてくれるのだ。現代の文明の中でも、この昭和風の風呂の魅力は決して廃れることがないだろう。

風呂から出たあとは、お気に入りのビールをプシュッと開けて浴室から上がったばかりの身体に冷えた液体が染み渡る。この時こそが至福の瞬間だ。昭和の風呂場で過ごした時間を振り返りながら、現代の便利な暮らしの中にもこんな小さな幸福があることに感謝を込めて、俺は今夜も心地よく眠りにつくのだ。